日本の電力市場が深刻な危機を迎えています。過去6ヶ月間、日本の電力市場における価格水準とボラティリティは急上昇し、多くの小売事業者が倒産し、消費者のコストは急激に上昇しています。本レポートでは、当社が保有する市場や送電網のデータを活用して、電力バリューチェーン全体の現状を分析し、この危機の3つの要因を明らかにします。
日本の電力市場の危機は、非常に低い予備能力、高い価格、スポット市場での価格変動の増大という3つの主要な指標によって示されています。今回の市場の乱高下は、2021年10月に始まりました。危機は日本全国に等しく影響を与えるわけではありません。最も影響を受けている地域は東京電力管内であり、非常に低い予備容量と高い電力価格です。なぜ東京電力管内が、特に影響を受けているのか、次章で見ていきましょう。
予備能力とは、需要に対応するために使用する発電能力に加えて、利用可能な予備の発電容量です。需要の急増、発電施設や送電線の突然の停止など、計画外の事象に対応するために予備力が必要となるため、この指標は重要です。予備容量がゼロに近いと、わずかな障害でもコストのかかる需要削減策が必要になったり、停電が発生したりする可能性があります。
前述したように、東京電力管内は最も深刻な状況にあります。東京地区の予備率は2022年6月末に2.5%まで低下し、停電の可能性が大幅に高まりました。
電力市場における予期せぬ価格高騰は、電力システムの弱さの表れです。なぜなら、需要を満たすために、高コストな(そしてしばしば非効率な)電力になり、さらには、電力小売業者が、予想されるよりもはるかに高い価格での買い取りを余儀なくされ、そのリスクを一手に引き受けなくてはならないこともダメージになります。(ほとんどの場合、市場高騰のリスクを消費者と分け合う契約にはなっていないためです。)価格高騰が長期化すると、多くの企業が倒産に追い込まれ、健全な市場における競争が制限される可能性があります。
日本の電力システムは、2020年末に最初の価格高騰を経験し、全国で価格が市場開始以来のこれまでの平均と比較して約10倍になりました。2021年10月以降、日本では、その時に比べて、期間がはるかに長く、地域によって不均等に影響を与える、別のタイプの価格高騰が発生しています。10月以降、日次平均価格は一貫して従来平均の2~3倍で推移し、市場分断も度々起きています。東京の価格は特に高く、西日本地域の価格は比較的低く推移していますが、それでも例年の平均を大きく上回っています。
JEPXスポット市場の価格変動は10月以降、大幅に上昇しています。以前にも変動幅が高い時期はありましたが(特に2020~2021年の冬の急騰)、今回の上昇はこれまでと比較して、長期化しつつあり、すでに激しい価格変動は「ニューノーマル」になりつつあります。
また、一日の平均価格が高いことを考慮しても、一日の最高価格と最低価格の差という点で、変動幅が高まっています。
私たちは、今回の電力危機に関して、3つの主要な構造的な要因と、危機を加速する不測の事態を特定しました。主な構造的原因は以下の通りです。
10月以降に見られる価格上昇、特に6月の今回の危機の偶発的な原因としては、ロシアのウクライナ侵攻や、新型コロナウイルスによるパンデミックの反動による燃料の供給制約による、燃料価格の上昇と、2022年3月の地震による予想外の発電停止などがあります。データに基づいて分析すると、電力不足の原因として、6月の異常な暑さによる需要増が根源的な原因であるとは言い切れません。
日本の電力システムの構造的な弱点として最も重要なのは、余剰発電能力の不足です。これは、2011年の東日本大震災と福島原発事故の後、原子力発電がほぼ完全に停止したことが主な原因です。2011年以前、日本は電力の約30%を原子力発電に依存していました。2022年6月現在、福島原発事故以前に以前稼働していた54基の原子炉のうち、10基だけが再稼働しています。失われた原子力発電の発電容量は、既存の化石燃料発電所(主に石炭、ガス。石油火力発電の容量のほとんどは、当初は稼働していましたが、コスト上の理由からその後停止しています。)への依存度の増加と太陽光発電の増加によって賄われています。
経済産業省の電力統計に記載されている設備容量(大規模な発電所のみ)は、太陽光発電を除けば、ほとんどが化石燃料を燃やす火力発電所です。
化石燃料による発電量の増加は、ほとんどが既存の発電所によるものであり、太陽光発電は唯一、新たに発電容量が大きく増加した電源になります。しかし、新たに設置された太陽光発電の容量は、不足する原子力発電を補うにはまだ十分ではありません。2011年以降、約40GWの原子力発電設備が停止または長期休止になりました。原子力発電の稼働率を90%、太陽光発電の稼働率を15%と仮定すると、停止した原子炉の発電量を補うだけで、日本は240GWの太陽光発電の導入が必要になります。
2011年からの10年間で、日本は7000万kWを超える太陽光発電を導入しました。しかし、これは不足する発電量を補うには、まだまだ足りません。また、年間あたりの導入量も不足しています。太陽光発電の容量が240GWになった場合、将来的に老朽化したパネルを交換するだけでも年間12GWの施工能力が必要になります(平均寿命を20年と仮定した場合)。2021年の設置量は約5GWでした。それでも太陽光発電の導入量は、政府目標を大きく上回っています。2009年、政府は2030年に53GWを目標としていましたが、この容量は2018年にすでに達成し、2012年には2030年に60GWに引き上げられました。そして、わずか7年後の2019年に、再び目標値を11年前倒しで上回ったのです。
そして、休止中の原子力発電所や火力発電所は東北地方に多く、日本の送電制約、特に東日本と西日本で融通が困難であることも見逃せない問題です。
今回の危機の大きな原因のひとつは、東日本と西日本の電力融通、地域連系線の制約です。東西の送電ボトルネックは、国内で使用されている周波数が両者で異なることに起因しています。東日本は50Hz、西日本は60Hzを使用しています。この国では珍しいケースです。ちなみに、ヨーロッパ大陸全体では、24カ国、4億人にサービスを提供する単一の同期送電網を共有しており、発電場所から消費地への電力移動はより容易になっています。しかし日本においては、この周波数の違いによって、国内で送電網が2つに分断されてしまし、同期させることができず、高価な周波数変換器を通してしか電気をやり取りすることができないのです。2021年まで、2つの送電網の間の送電容量は120万kW(関東地方だけで必要な4〜5千万kWの3%未満)しかありませんでしたが、210万kWに増強されました。
この10年間で、日本は太陽光発電による発電量を大幅に増加させました。太陽光発電は、太陽からの変動する発電量を平均化するためにエネルギーを移動させることができ、最も恩恵を受けることができるからです。2011年初めに360万kWだった太陽光発電の導入量は、2021年末には74万kWとなり、年平均成長率は30%を超えています。太陽光発電の設置容量では、中国、米国に次いで世界第3位となっています。現在、太陽光発電は電力供給の約9%を占めており、今後さらに大きく成長することが期待されています。
十分な送電容量がないことによって、エリア間で電力価格に差が生まれます。送電制約がなければ、価格は全国で同じになるはずなのです。2020~2021年の冬と2022年6月の価格差の急増は、供給問題と価格高騰が少なくとも部分的には送電制約に起因することを示しています。同様に、時間前市場における日中の価格の差(ある時間帯の最高値契約と最安値契約の差)にも表れています。
今回の危機のもう一つの要因は、日本における電力市場の改革がまだ不完全であることです。日本は電力の自由化が遅れていました。欧州は1990年代から2000年代初頭にかけてこのプロセスを開始し、電力網が比較的落ち着いていた時期に、この移行を進め、電力市場は洗練されて行きました。日本は、2011年の震災後のエネルギー危機の最中に、実質的な電力市場の自由化を開始し、これが予想外の結果を招いたのです。
日本卸電力取引所(JEPX)の電力スポット市場の設立は、電力市場改革の一環でした。2011年当初は非常に少なかったスポット市場が、現在では日本の電力供給の大きな割合を占めるまでに成長しました(日本の電力網が供給する平均約110GWのほぼ半分を占める)。
市場改革により、地域の大手電気事業者が持つ独占状態が徐々に解消され、競争と効率が高まりました。一方で、市場での競争によって、いざというときのバックアップ電源となっていた、多くの老朽化した非効率な発電所の閉鎖も進行しました。ベースロードを支えていた原子力発電所が停止し、自然変動電源である太陽光発電が予想をはるかに上回るスピードで成長している中では、これらのバックアップ電源は、この過渡期を支えるのに重要な役割を果たしたはずでした。
同時に、電力に関連する各種の市場や制度設計はバックアップ電力を活かしておくための、十分なシグナルとインセンティブを提供することができませんでした。市場における上限価格の設定は、市場を歪めてしまい、バックアップ電力への投資は進みませんでした。また、容量市場のような他の市場で有効であると証明された調整メカニズムがなかったことも、問題を悪化させた。日本では容量市場が2021年に始まり、効果が現れるのは2025年以降になります。
2020~2021年の冬の価格高騰時には、スポット価格が250円/kWhを何度も超える事態となり、その後、平時80円/kWh、逼迫時200円/kWhというスポット価格への上限が設けられた。
このような構造的な要因から、現在の日本の電力システムは脆弱な状態にあります。その弱点は、例外的な事象が発生したときに顕在化していまいます。今回は燃料価格の上昇と東北での地震による計画外停電という2つの大きな要因が、現在の危機を促進させる要因になりました。
LNGや石炭の価格は、2021年、世界的な大不況の反動から上昇に転じた。その後、2月のロシアのウクライナ侵攻により、LNGの価格が過去最高水準に上昇し、ヨーロッパがロシアからのパイプラインから輸入していたガスを代替するために、LNGの輸入を活発化させ、供給不足に陥ったことが、この状況を悪化させてしまいました。日本は2020年にLNGの最大輸入国となり(2021年には中国に抜かれる)、電力供給の3割をLNGに依存しているため、特にLNGへの依存度が高く、影響を受けやすいのです。
日本に輸入されるLNGの価格は、2020年の低水準と比較して2022年には2倍以上となり、2014年以来の高水準に達しています。石炭価格は、過去10年間の平均と比較して3倍になっています。日本は全発電量の4分の1以上を輸入石炭に頼っています。2つ目の大きな要因は、2022年3月に発生した福島県沖の大地震です。この地震により、すでに供給が逼迫していた東日本で、多くの発電所が損傷したり、停止したりした。これにより、発電能力の不足がさらに深刻化し、夏のピーク需要が近づくにつれ、さらに予備力が低下したのです。
今回の東京の6月のピーク需要は、例年の同月を大幅に上回りましたが、例年(より気温が上がり電力需要が上がる)7月と8月の日間ピーク需要と同程度です。
日本の原子力発電設備は、廃炉か再稼働か、公共の安全の懸念との間で膠着状態にあります。 これらのデータは、状況が変わらなければ、現在の危機を脱するための一つの可能性として、再生可能エネルギー発電、蓄電、送電容量への高額の投資を継続必要があることを示唆しています。